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福岡地方裁判所 昭和46年(ヨ)254号 決定 1971年8月03日

申請人

奥田唯輔

申請人

堀家信雄

右両名代理人

古原進

外八名

被申請人

学校法人中村産業学園

右代表者

中村治四部

右代理人

村田利雄

主文

一、申請人らが被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位を仮に定める。

二、被申請人は、申請人奥田唯輔に対し、昭和四六年四月一日以降昭和四八年三月末日(本案判決が同日以前に確定した場合は、これが確定の日)まで、毎月二一日限り一ケ月金三四、〇〇〇円を仮に支払え。

三、申請人らのその余の申請を却下する。

四、申請費用はこれを三分し、その二を被申請人、その余を申請人らの各負担とする。

理由

第一、当事者の申立および主張(答弁を含む)は別紙(一)記載のとおりである。

第二、当裁判所の判断

一、本件疎明および審尋の全趣旨によると次の事実が認められる。

(1)  被申請人は、九州産業大学、九州英数学館等を経営する学校法人であり、申請人奥田唯輔は、明治三一年七月一〇日に生まれ、昭和三七年四月一日、被申請人が経営する九州商科大学(昭和三八年四月に九州産業大学と改称)の教授として勤務し、以来同大学の商学部長、図書館長、産業経営研究所長等を歴任してきたもの、また申請人堀家信雄は、明治三一年三月一七日に生まれ、昭和三八年四月、被申請人が経営する九州産業大学の教授として勤務し、以来同大学の商学部長、産業経営研究所長、第二部主事等を歴任してきたものである。

(2)  被申請人学校法人中村産業学園の就業規則(昭和三八年四月一日施行)第三七条は別紙(二)の一記載のとおり、大学教授の定年を六四才としたうえ、定年後は、学園の都合により、学園長の許可を得て引き続き勤務を許可されることがある旨規定し、「大学教員の停年制の取扱要領」(昭和四二年四月一日施行)において、別紙(二)の二記載のように、その細部取扱を定めていた。

(3)  申請人らは、昭和四二年頃、当時新設計画中の東亜学園大学の設立発起人より、申請人奥田は商学部長、申請人堀家はそれに準ずる処遇をするので同大学設立準備委員会に参画するように懇請された。ところで、申請人らは、ともに当時すでに六八才を超えており、翌四三年四月一日以降は、前示就業規則ならびに「大学教員の停年制取扱要領」が全面的に適用される結果、その継続任用は専ら学園長の許可にかかるという極めて不安定な身分となり、しかも六九才以上になれば、減俸が確実な状況にあつたので右の要請に応ずる予定にしていた。他方、被申請人においても、かねてから九州産業大学に経営学部を新設すべく、学部準備委員会を設けて準備中であつたが、申請人らが新設予定の東亜学園大学に参加しようとしていたことを聞知した被申請人代表者中村治四郎は申請人らが九州産業大学を退職することになれば、経営学部の新設は一層困難になると考え、右委員会委員長を通じ、申請人らに対して同大学に留まり新学部設置に協力して欲しい旨懇請した。これに対して、申請人らは向う五年間は大学教授としての身分を保障すること、およびその期間本俸の減額を行なわないことを公正証書により約束すれば、これに応じてもよい旨申し出たところ、被申請人代表者中村治四郎も右申し出を承諾し、昭和四三年八月五日、申請人らは被申請人との間に、身分保証ならびに給与に関する契約を締結し、これを証するため、被申請人と申請人堀家との間には同日、申請人奥田との間には同月二三日それぞれ公正証書が作成された。

(4)  ところが被申請人は、昭和四五年一一月四日、従来の「大学教員の停年制の取扱要領」を変更したものとして、労働基準法所定の手続を履践したうえ、「大学教員(専任講師以上)の定年制取扱規則」を制定し、同月一九日より実施した。右規則によると、別紙(二)の三、記載のとおり、教授は満六六才をもつて定年とし、定年後の継続任用については満七〇才を超えて継続任用を更新できず、すでに定年に達している者は昭和四六年三月末日をもつて退職すべきものとされている。

(5)  そして、被申請人は、昭和四六年四月一日以降は、申請人らが右規則により同年三月末日をもつて労働契約上の地位を喪失したと主張し、同規則にしたがつて申請人らに対して定年退職としての取扱をなすに至つた。

以上の事実が認められ、これに反する疎明はない。

二、そこで以下、被申請人が主張するように、申請人らが「大学教員(専任講師以上)の定年制取扱規則」に基き、昭和四六年三月末日をもつて労働契約上の地位を喪失したか否かについて判断する。

(1)  申請人らが被申請人との間に締結した身分保証ならびに給与に関する契約は、前項で認定した同契約を締結するにいたつた経緯と同契約の各条項とを併せ考えれば、申請人らに対しては就業規則の一部たる「大学教員の停年制の取扱要領」の定める定年制の規定を向う五年間すなわち昭和四八年三月末日までは適用せず、九州産業大学の教授としての身分を保証することを主たる内容とする定年制に関する特約であると解するのが相当である。

(2)  ところで、労働基準法は、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約について、その部分を無効とし、就業規則で定める基準によることとしている(九三条)が、就業規則で定める基準を超える特約を締結した場合には、これを無効と解すべきいわれはないから、右身分保証ならびに給与に関する契約はもとより有効であるといわねばならない。そして、使用者と労働者間に、定年制に関する一般規定とは異なる労働者により有利な特約がなされている場合は、原則として、一般規定の変更は特約の効力について何ら影響を及ぼすものではないと解されるから、本件のごとく「停年制取扱要領」が廃止され、新たに「定年制取扱規則」が制定されたとしても、前記特約の効力に消長を来すものではなく、その特約は定年制に関する新たな一般規定たる「定年制取扱規則」にも優先するものと解すべきである。

(3)  なお、この点については、新たな就業規則の作成または変更によつて、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利な労働条件を一方的に課することとなる場合であつても、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、その適用を拒むことは許されないとの見解もあるであろう(最高裁昭和四三年一二月二五日判決参照)。そして、この見解は、労働者の労働条件の集合的処理、特に統一的且つ画一的決定の必要上、使用者と労働者との間の労働条件は使用者の定める就業規則によるという事実たる慣習が成立していることを前提に就業規則の法的規範性を認めようとするものと解される。

しかし、労働条件の集合的処理の要請も、使用者と労働者間での就業規則の定めと異なる個別的な労働条件についての契約(特約)の締結を否定するものではない(労働基準法九三条参照)から、労働条件について当事者間に就業規則の定めと異なる労働者に有利な特約が存し、しかも、その特約によつて、少なくとも当該の労働条件については就業規則によらないことの意思が窺知される場合には、当然、前記の見解は、その前提を欠くものとして妥当しないこととなろう。

これを本件について見るに、申請人らと被申請人との間に締結された身分保証ならびに給与に関する契約は、前示のとおり、就業規則の定める定年制についての申請人らに有利な特約であつて、すでに認定した事実と疎明によれば、右特約のうち少なくとも定年制に関する限り、就業規則によらないとの意思を認めることは容易である。

もつとも、前示公正証書には、申請人らを昭和四三年四月より五年間は「昭和四二年四月一日施行大学教員の停年制取扱要領第一条ただし書に該当するものとする」との規定(第二条)が存し、一見、特約締結後も、申請人らが被申請人の制定、変更する就業規則により律せられることを認めたかのごとくである。しかしこれは、申請人らに定年制の規定を五年間適用しないことを公正証書中で明らかにするため、当時たまたま同要領一条ただし書で、要領の適用が除外される者を定めていたところから、便宜これを借用することとしたにすぎず、それ以上に五年内といえども、定年に関する就業規則ないし取扱要領が変更された場合は、右変更された規則、条項によることを認めたものでないことは、前認定の事実および疎明によつて明らかである。したがつて、公正証書中、第二条の規定の存在は前示の判断を何等左右するものではない。

とすると、前記の見解は、本件については、その前提を欠ぎ妥当しないものというべきである。

(4)  また、申請人らが「大学教員(専任講師以上)の定年制取扱規則」の制定に際し、これに反対の意思表示をしたり、異議をのべたとの事実を認めるに足る疎明はないが、被申請人との間に前示のごとき特約の存する以上、そのことから直ちに、申請人らがその特約を変更して、以後定年については右規則の定めによることを承認したものと推認することはできない。

(5)  とすれば「大学教員(専任講師以上)の定年制取扱規則」の当該規則条項が合理的なものであるか否かの点について判断するまでもなく、申請人らの右取扱規則に基き労働契約上の地位を喪失するいわれはないことに帰するから、申請人らは依然として被申請人学校中村産業学園九州産業大学の教授としての身分を保有するものというべきである。

三、次に、仮処分の必要性について判断する。

(1)  前示のごとく、申請人らは依然として九州産業大学の教授としての地位を引続き保有しているにもかかわらず、退職したものとして取扱われることは、申請人らに対して、それ自体甚大なる有形無形の不利益ないし苦痛を与えるものであるから、申請人ら両名につき、その地位保全の必要性の存することは明白である。

(2)  さらに、賃金仮払の点について考えるに、申請人らはいずれも九州産業大学の教授として、被申請人に対し、所定の賃金の支払を受ける権利を有するところ、疎明によれば、申請人らが定年退職者としての取扱いを受けるに至つた当時、申請人らに毎月二一日に支給されていた給与の額は、申請人奥田が金一〇六、一九〇円、また申請人堀家が金一二〇、三〇〇円であり、申請人らが昭和四五年度に支給を受けた手当のうち、七月に支給を受けた夏季手当の額は両名とも金一四三、九〇〇円であり、また一二月に支給を受けた年末手当の額は、申請人堀家が金二五七、〇〇〇円、申請人奥田がこれをやゝ下廻つていたことが認められる。したがつて、申請人らが退職者として取扱われなければ、支払を受くべかりし給与および右各手当の額は、右とほぼ同額のものと推認される。

ところで、疎明によれば、申請人奥田は妻と二人の生活で、その生計を維持してゆくためには少なくとも毎月金八〇、〇〇〇円が必要であるが、現在収入として、年額五五一、一七六円(月額約四六、〇〇〇円)の退職年金を得ているほか、とりたてて挙げるほどの資産もないことが認められるので、同申請人の求める賃金仮払の仮処分は、毎月右の一月の生活維持費と年金の月額との差額たる金三四、〇〇〇円の限度において必要性があり、右金額を超える部分についてはその必要性を欠くものと認める。

また、疎明によれば、申請人堀家は自宅で妻と二人の生活を営むもので、現在収入としては年額六四〇、八六二円の共済組合年金を得ているに過ぎないが、ほかに約三〇〇万円の貯金を有していることが認められるから、同申請人については、現在のところ賃金の仮払を命ずる緊急の必要性はないものと認める。

四、よつて申請人らの本件申請は、右の限度において理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余はこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、号三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(鍬守正一 油田弘佑 前川豪志)

別紙(二)

一、就業規則

第三七条

本学園に勤務する大学の教授、助教授、講師は満六四才、英教学館の教員、講師は満六〇才、その他は満五八才となつたときこれを停年とする。

但し、学園の都合により引続き勤務を許可することがある。

この場合、停年後の勤務者は毎年学園長の許可を得なければならない。

二、大学教員の停年制の取扱要領(昭和四二年四月一日施行)

(前文)

大学の講師以上の教員についての停年は就業規則第三七条に基づき六四才と定めてあるが、この停年を経過したものの取扱いについては就業規則第三七条後段、但書に基づき一年毎学園長が継続勤務を許可する、と定めるのみであつたので、今回その細部取扱いにつき、本要領を制定施行するものである。

第一条 大学の講師以上の教員にして停年(六四才)を経過したものの取扱については原則として、この要領に従うものとする。

ただし、役職者及び大学院教授資格者等については、その限りでない。

三、大学教員(専任講師以上)の定年制取扱規則

(前文)

大学の講師以上の教員についての定年制については就業規則第三七条に規定するほか、昭和四二年四月一日施行の「大学教員の定年制の取扱要領」があるが、その取扱につき今回次のとおり改正施行するものである。

第一条(定年)

本学園に勤務する大学の専任講師以上の教員の定年は次のとおりとする。但し学長についてはこの限りでない。

(2) 教授については満六六才

第三条(定年後の継続任用)

大学の専任教授にして満六六才に達した者、及び大学院教員資格相当者にして満七〇才に達した者について、特に理事長がその研究業績、識見がすぐれ、健康能力ともに、今後の研究の指導、教育に耐え得る者として認めた場合には、次項に基づき継続して任用することを許可することができる。

(2) 前項により継続任用を許可する場合の任用期間は前者にあつては二ヶ年、後者にあつては一ヶ年間とし、それぞれ二ヶ年間、または一ヶ年間を経過した後、なおかつ健康能力ともに研究教育に耐えうると認められた者については、前者にあつては一回二ヶ年間に限り、後者にあつては二回各一ヶ年間づつに限り継続任用を更新許可するものとする。

但し、前者にあつては満七〇才を、後者にあつては満七三才を超えて継続任用を更新することはできない。

(付則)

二、この規則の定むるところにより、すでに定年に達している者は原則として昭和四六年三月末日をもつて退職する。

以上

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